【Chapter 8】

 

 

3月18日朝6時、アパートを出てしばらく海辺を彷徨った末にこの岸壁にたどり着いた。

 

まだ朝早いというのにお祭りでもやっているのか岸壁には沢山の出店が立ち並んでいる。

野菜や魚を売っているお店などもそこそこ見られるが、全体的には飲食店の割合が多いようだ。

 

正直言って今の私には目の毒である。

思い返せば昨日の午前中にお茶とお菓子を貰って以来何も口にしていない。

相変わらずの空腹である。

 

財布を取り出して開く。

 

中には1000円札が2枚とそこそこの小銭が入っている。

周辺を見渡す。一番近くにあったラーメン屋の値札を見ると

「しょうゆ 600円」の表記が見られた。

 

600円。昨日乗ったバスの料金から考えて、3回はバスに乗れる金額である。

しかし、店の方からは美味しそうな香りが私のいる場所まで漂っており、空腹の私を誘惑してくる。

 

しばらく店の近くで悩んでいると、ラーメンを茹でていた店員さんから声を掛けられた。

 

「よぉ、ラーメンくってくか?」

「…どうしよ…。」

「よし!なやむならくってけ!」

「えぇ…でも。」

「よし、まけた‼500円な!すきなトコにすわってまってろよ!」

「は…はぁ…。」

 

そのまま店員さんに促される形で、500円玉を払って席についた。

 

数分後に目の前に出されたラーメンは、白い湯気とほのかな煮干しの香りを漂わせていた。

蓮華をとってスープを口に含む。

 

その香りと違わず、醤油ベースに煮干しの風味がよく効き、決して脂っこくはなく、

あっさりとしながらきちんと塩気のあるスープは、だいぶ弱っていた私の胃を優しく温めた。

 

箸で麺をとり啜った。

硬すぎず柔らかすぎもしない、丁度いいコシのある麺の啜り心地の良いこと。

これは伸びてしまう前に食べなければ勿体ない。

 

麺を啜る合間に、麺の上に可愛らしく乗っている半熟の味玉と、こちらは3切れほど乗せられたチャーシューも

その本来持っているのであろう旨味にプラスしてスープの旨味が染みており、非常に美味だ。

 

私は無我夢中でラーメンを食べ、我に返ったころには、スープまで飲み干してしまった。

こんなに美味しいラーメンを食べたのはいつ以来だろうか。

 

「どうだ?うまいか?」

「はい、とっても…!」

「よし、もうイッパイいけるな‼」

 

店員さんはそういうと、もう一杯のどんぶりを私の目の前に差し出した。

 

「ハラへってるんだろ?イッパイじゃたりねぇよな‼」

「いやでも、お金あまり持ってなくて…。」

「ダイジョーブ、オレのおごりだ!」

「そんな、悪いです!」

「いーからたべなって!」

 

そのまま、店員さんの厚意に甘える形で、最終的にフルトッピング煮干し出汁の醬油ラーメンを3杯ほど平らげ、

おかげで本当にしばらくぶりに私の胃は満腹になった。

 

私は店員さんに深々とお礼をしてお店を後にした。

 

無事に空腹を解消できたことだし、改めてこれからどうするかを考えることにした。

 

岸壁の敷地内にあったベンチに腰掛け、手に持ったケースを膝の上に置く。

 

私はこれから、もはや信頼できる人もいないこの異郷の地で、父を探さねばならない。

今一番父の行方の手がかりに近い佐益さんは、昨日埋め立て地で別れたきりだ。

 

ここで私は、佐益さんから連絡先を教えられていたことを思い出し、鞄の中から佐益さんの名刺を探し出して眺めた。

「後で連絡してくれ」とは言われていたが、佐益さんは無事に逃げ切ることができたのだろうか…。

 

一瞬昨晩の夢を思い返して嫌な気分になった。

 

 

 

しばらく悩んだが、結局、佐益さんとこのケース以外に父の手がかりがない状態では、他に選べる選択肢もない。

一先ず佐益さんの無事を祈りつつ、公衆電話を探して佐益さんに連絡を取ってみることにする。

 

そして、公衆電話を探すためにケースを持って立ち上がる。

 

 

すると、私の目の前には昨日私を追いかけまわした3人の男がこちらを睨んで立っていた。

 

 

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