【Chapter3】

 

 

バスに揺られ二十五分が経過しようとしている。大きな橋の下を潜り抜け、

白と青に彩られた斜張橋を越えると、この地域のものとしては巨大な部類になるのであろう、

目測にして平均四十メートル程度のビル群が見えてきた。

 

その外観は中心街のモニターに映し出されていたものと同様であり、

今度こそ道を違えず目的地に向かっているという確信を持てる。

 

バスはビル群前に設けられたターミナルに停車した。料金表示を確認するとたったの二百円。

ここに至るまでの苦労を考えるに、最初からバスに乗った方がよかったのかもしれない。

料金を支払い、バスから下車する。辺りを見回すとビルが数棟そびえたっている。

また、周辺には同じグループの物らしい工場のような建物も確認できる。

 

ターミナルから来客者に向けたのであろう案内看板に従って歩くと、すぐにビルのエントランスが見えてきた。

手前の門には警備員が二人立っていて、門に掲げられた豪華な表札には

 

「Perseus Enterprise」

 

と書かれている。間違いなく目的地だ。既に営業時間が始まっているのか、

ちらほらビジネスマンらしき風体の数人がビルから出入りしている。

 

 

リュックサックのポケットから写真を撮りだし、ビルのエントランスに向け足を進める。

すると、死んだ目をした身長の高い男が歩いてきた。

警備員と話している様子を見ると、どうやら関係者らしい。

様子を伺っていると、一瞬男と目が合ってしまった。

…やはりあきらめて大人しく帰ろうか。決意が揺らぐ。

…いや、今更後へは引けない。ここで弱気になってはいけない。

数度軽く深呼吸をして息を整える。そして門から歩いてくる死んだ目の男に意を決して話しかけた。

 

 「あ…あの‼」

 

すると死んだ目の男が険しい目つきで私を睨む。

その眼光の鋭さに背筋が凍った。

数秒の沈黙ののち、男が口を開く。

 

 「なんだべ。」

 

私は男の低い声と変わらず鋭い眼光に怯えながら、精一杯の気力を振り絞り答える。

 

「あの…ですね。…私、人を探してて、えっと、この会社で働いてたんですけど、この人知りませんか?」

 

手にもった写真を男に見せる。男は写真を一瞥すると答えた。

 

 「知らね。」

 

最初から成果が得られるとは思っていなかった。

だが、こうも素っ気なくこたえられると流石に堪える。

 

 「そ…そうですよね。ごめんなさい。突然話しかけて。」

 

とりあえず、引き留めた男に対し軽く謝罪をする。すると、男は軽くため息をつき、軽い笑みを浮かべながら言った。

 

「大事な人が?」

 

その様子に、一縷の希望を抱いた。もしかして私に協力してくれるのだろうか。

目つきは悪いが、案が良い人なのかもしれない。そして私は男に期待しながら質問に返答する。

 

「はい!もしかして―」

「ばかっこ。」

 

言い終わる前に、答えた途端に男は真顔で吐き捨てる。

 

 「ぇ?」

 

私は予想外の返答に間抜けな声を出してしまった。

男は続ける。

 

「こやして出入りする人間全員さ聞くつもりが?」

「は…はい。」

「…馬鹿正直にもほどがあるべな。こったらところで何日もうろうろしてんだば、そのうち通報されんど。」

「え…えっと…。」

「まったぐ…迷惑もいいところだべ。人探すんだば、警察さ捜索願だすなり、興信所つかうなり、

  会社さ問い合わせるなり、いくらでもやりようあるべな。」

「そったら堅い頭してんだば、社会さ出ても碌っだ仕事さつけねぇど‼」

「す…すみません。」

 

気が付けば、私は男のやけに熱の入った方言交じりの説教に付き合わされていた。

 

「―というわけだ、分がったか⁉」

「はい…。」

「分がっだんだば、こったらどこほっつき歩いてねぇで、さっさとけえれ。

 痛い目に遭ってもオラ知らねぇど‼」

「はい…すみませんでした…。」

「まっだぐ、最近の若ぇやつはぁ―」

 

初っ端から思いっきり怒られ、意気消沈する私をしり目に、

死んだ目の男はぶつくさ言いながら駐輪場のあるらしき方向へと去っていった。

 

はじめは一気に気分が落ち込んだが、しばらくすると徐々に怒りがわいてくる。

確かに、私がとったのはあまり頭のいい方法ではない。

でも、警察はまともに捜査してくれなかったし、興信所を使えるだけのお金なんて持ってない。

よく事情も知らないのにあの態度はいくら何でもあんまりだ。

そもそも、ぱっと見二十代の癖に最近の若者がどうだのと偉そうに。

こうなれば意地だ。何人でも聞き込みをしてやろうじゃないか。

 

最初の一人の最悪の対応に、私の態度は硬化していた。

そして、怒りのままに、新たにビルから出てきた中年の男に接近を試みる。

 

「すみません!」

 

男が門を出たところで声を掛ける。すると、男はやけにおびえた様子で答える。

 

 「な…何の用だ‼」

 

男は落ち着かない様子で、しきりにあたりを見回しながら手に持ったアタッシュケースにも最大限の注意を払っている様子だ。

端的に言って挙動不審である。

 

ボロボロのスーツを着込み、寝ぐせをつけ無精ひげを生やしたこの猫背の中年は、

この会社に盗みに入った泥棒と紹介されても全く違和感がない。

正直ハズレとしか思えないが、念の為写真を見せて聞いてみる。

 

 「この写真の人を探してます。この会社で働いてたんですけど、この人知りませんか?」

 

今度は後方のビルに注意を向けつつ、男は焦った様子で答える。

 

 「今それどころじゃ―」

 

と言いかけたところで、急に男の態度が変わった。

さっきまであたりのあちらこちらに注意を向けていたのが一転、

私から写真を奪い取って一瞥した後、私に顔を向け答える。

 

 「―ああ、知ってるよ‼」

 

まさかの返答。予想外ながらも僅かに期待していた回答に私は驚き、男に問う。

 

「父を…父を知ってるんですか⁉」

「そうか…君は彼の娘さんか‼ そう、私は彼と同じ部署で働いてたんだ。」

 

男は打って変わって明るい様子で返答する。

この様子だと、協力してもらえるかもしれない。

私は続けて男に質問する。

 

「そ…それじゃあもしかして、父が失踪した理由とか分かりますか⁉」

「ああ勿論だ。…ここでは不味い。場所を変えよう。」

「え?それってどういう―」

 

言い切る前に、男は私の手を掴み、会社のビルから若干離れた工場付近の狭い路地に逃げるように移動した。

 

「ここなら多分大丈夫だろう。」

「それで、父は一体…。」

 

男は私をじっと見つめながら説明する。

 

「…君のお父さんは、この会社で非合法のプロジェクトに加担させられていたんだ。」

「非合法⁉」

「ああ。だが、そのプロジェクトが進めばこの町、いや、この国自体がとんでもない事態に巻き込まれることになる。

 私はそれを阻止するために、君のお父さんの協力を得て秘密裏に活動していたんだが、不味いことにそれがあの会社にばれてしまったんだ。」

「それじゃあ父さんは…。」

「済まない…。君のお父さんは私の身代わりに、会社の雇った傭兵上がりの連中に連れていかれてしまったんだ。」

「…そんな…‼」

 

私は最悪の事態を想像してしまい、今にも崩れ落ちそうになる。

 

「…これは君のお父さんが奴らに連れ去られる直前に私に託したものだ」

 

男は手に持ったアタッシュケースを私に見せながら言う。

 

「父さんが…。」

「プロジェクト阻止の切り札になるものだ。私はこれを使って会社の陰謀を阻止し、君のお父さんを助け出すつもりだ。」

「父は生きているんですか⁉」

「切り札だといったろう?このケースがあるうちは、奴らは君のお父さんに手出しすることはないはずだ。」

 

父は生きている。その可能性だけでも今は救いだ。

 

「だが、奴らは血眼になってこのケースを探している。私も変わらず奴らから睨まれたままだ…。

  さっきも私につけられた監視をどうにか欺いてケースを持ち出そうとしてね…。

  そこで君と出会ったというわけさ。…おっと。自己紹介がまだだったね。」

 

そういうと男は名刺を取り出し私に差し出す。

名刺には『Perseus Enterprise 重工業プロジェクト開発部 佐益由隆』と記載されている。

 

「それで、君の名前は?」

「私は…霧洲美晴といいます。」

「ミハルさんか…確かにお父さんに雰囲気がよく似ているね。」

「そうなんですか…。」

「ああ。…さて、本題に戻ろう。私は君のお父さんを助けたい。だが、監視の目が厳しくてこのケース一つ持ち出すのにも一苦労だ。

  …正直言って、このケースを守り通せる自信はない。…そこで、このケースを君に託したい。」

 

男…もとい佐益さんは私にケースを差し出す。

 

「あの…私、どうすれば?」

「そうだね…。準備が整ったら、私から君に連絡しよう。君、電話番号は?」

「それが…、私、電話とか持ってなくって…。」

 

佐益さんは困ったような顔をした。

 

「…仕方ない。ちょっとさっきの名刺を貸してくれ。」

 

そういって私から名刺を受け取ると、佐益さんはボールペンを取り出し名刺に何かをメモして私に返す。

見ると電話番号が書いてあった。

 

「とりあえず、後でこの番号に電話をくれ。公衆電話でもいい。」

「あの…公衆電話なんてまだあるんですか。」

「探せばある。田舎だもの。電話のかけ方は分かるね?」

「は…はい。」

「よろしい。プロジェクトの阻止にはまだ準備が必要だ。君はその準備が終わるまで、そのケースを守り抜いてくれ。」

「…分かりました…。」

 

まだ話を飲み込め切れていないが、佐益さんの鬼気迫る雰囲気にただならぬものを感じ、

私はケースを預かることを了承した。何よりこれが父を助けるカギになるのならば。

 

「…一緒にお父さんを助け出そう。」

 

佐益さんは私に手を差し伸べる。

 

「…はい‼」

 

私は差し伸べられた手を握り、応えた。

その時、路地の外から声が聞こえた

 

「あの野郎…どこに行きやがった…。」

「…ったく。これじゃぁまた班長に説教されるぞ。」

「あの様子じゃそう遠くには行ってない。ここらへん全部の道を虱潰しだ‼」

 

佐益さんは再び焦った様子になり、小声で私に言う。

 

「私が奴らを引き付ける。君はそれを持って逃げるんだ…‼」

「え…⁉」

「さあ、気づかれないうちに早く‼」

 

佐益さんはそう言うと私にケースを押し付けるように渡し、声のする方に歩いて行った。

心配だったが、このケースを取られてはいけないと思い立ち、ケースを抱えて佐益さんが向かったのとは逆の方向に走った。

路地の先には大きめの道路が見える。

私は途中通過したバスターミナルを目指して路地の先にある曲がり角に向かった―

 

ドンッ

 

何かに衝突し、転倒した。私は、自分の身体のことはそこそこに、すぐにケースを確認する。

―良かった。ケースは無事のようだ。ケースの無事を確認した私は体を起こし、曲がり角の先を見る。

すると、そこには警備員のような服装をした体格のいい男が立っていた。

 

「おい、ちゃんと前見て歩けよ。」

 

体格と違わぬ低い声で男は話しかける。

 

「ったく。怪我したらどうする。」

 

若者はそういって、私に手を差し伸べようとして―静止した。

 

「おい…そりゃぁなんだ。」

 

若者の目線の先には私が抱えたケースがあった。

私はすぐに確信した。この人、佐益さんが言ってた傭兵上がりの連中に違いない。

 

「そいつをどこで手に入れた…⁉」

 

男はドスの効いた声で私を問い詰める。

 

「これは…その…。」

「動くんじゃねぇ!」

 

男はそう怒鳴ると肩に装着した無線機を手に取る。おそらく仲間を呼ぶつもりだろう。

そうなれば私は―

 

「おいッ‼どこに行くッ‼」

思考が終わる前に私は走り出した。

 

 

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