【Chapter7】

 

 

「…るちゃん…ミハルちゃん…!」

 

私を呼ぶ声が聞こえ、目を開いた。どうやら夢を見ていたらしい。

私が眠っていた布団の傍らにはマイさんが心配そうな顔をして座っていた。

とりあえず身体を起こして挨拶をする。

 

「…おはようございます…。」

「大丈夫…?随分うなされてたみたいだったけど。」

 

心配しているマイさんに少しだけ笑顔を作りながら返事をする。

 

「…大丈夫です。ちょっと悪い夢を見ただけで。」

「そう…。病気とかじゃなくて良かったわ。」

 

マイさんは安心した顔でそう言った。

 

 「もうすぐ朝ごはんができるからしばらくしたら居間にいらっしゃい。」

 

マイさんはそう言って部屋を出た。

服を着替えてリビングに向かうとマイさんは先にテーブルについていて、私にも座るように促した。

そのまま他愛のない世間話を続けていると、キッチンからアルミ鍋を持ったシンサクさんが現れた。

 

「おはよう、ミハルさん。」

「おはようございます。」

 

挨拶を済ませるとシンサクさんはアルミ鍋をテーブルの上に置いた。

 

「さて、食事にしよう。」

 

シンサクさんはそう言うと鍋の蓋を外した。

鍋の中を覗いてみるとそこには…

 

 

かの海老風味のスナック菓子が大量に敷き詰められていた。

 

 

 「えっ…。」

 

予想外のメニューに面食らってしまった。

だが、真向かいに座っているマイさんは驚いていないようだ。

…もしかしてこの大量のスナック菓子に見えるものは、この地方の郷土料理なのだろうか。

 

「いただきます。」

 

2人は鍋から箸でとったスナック菓子を手元の取り皿に注がれたポン酢につけて食べ始めた。

なるほど、ごく一般の鍋やしゃぶしゃぶの要領で食べるらしい。

 

「…いただきます。」

 

私も2人に倣うようにして朝食を食べ始めた。

食事をしながら暫くは、また他愛のない会話が続いた。

しかしふと、例のケースのことを思い出した。

これからあのケースをどうするべきであろうか。私は2人に聞いてみることにした。

 

「ところであのケース…一体どうすればいいんでしょうか…。」

「ああ、あれね。安心していいわ。」

 

安心していい…とはどういうことだろう?

疑問を口に出す前に玄関のチャイムが鳴った。

 

「あら、早かったわね。」

 

マイさんはそう言うと箸をおいて玄関に向かった。

 

「…お客さんですか?」

「…どうだろうね。」

 

シンサクさんは特に来客に興味を示すことなく鍋に残ったスナック菓子をつついている。

 

「……。」

 

私は何とも言えない不安に駆られ、箸をおいて玄関に向かった。

すると玄関にはマイさんと、

 

 

昨日途中で乱入してきた白い人がいた。

 

 

「あら、もう食べ終わったの?」

 

のん気に私に話しかけるマイさんの手元には大量の札束が握られている。そして白い人はあのケースを手に持っていた。

 

「あの…そのケース…どうするんですか…?」

 

念の為マイさんに聞いてみる。

 

「ああ、もう心配はいらないわ。彼が買い取ってくれることになったの。」

「で…でも、父さんは…どうなるんですか…?」

「残念だが、もう手遅れだろう。」

 

後ろからシンサクさんが現れて言った。

 

「そんな…‼」

 

そうしている間に、白い人はケースを抱えて出ていこうとする。

 

 「わざわざありがとう。またよろしくね!」

 

マイさんにそう話しかけられた白い人は黙ってうなずいた後、部屋を出た。

…冗談じゃない。

 

「待って‼」

 

気が付くと私は白い人を追いかけて走っていた。

だが、おかしなことにいくら走っても歩いているはずの白い人に追いつくことができない。

それどころかどんどん距離を離されていく。

 

そしてとうとう、白い人の姿は曲がり道の向こうに消えてしまった。

だが、諦めてはいけない。父さんを助けるには、多分あのケースが必要なのだ。

 

私は歯を食いしばって走るスピードを上げ、そのまま白い人の去っていった曲がり角に突入した。

 

 

だが、次の瞬間私の身体は弾き飛ばされていた。

地面に叩きつけられ、身体に痛みが走った。どうにか痛みをこらえて進行方向を向くとそこには―

 

 

昨日の私を追いかけたガタイのいい若者が腕を組んで立っていた。

 

 

「よう。」

 

若者は低い声で私に話しかける。

 

「あのケース…どこにやった?」

「…ぁ…ぁ…。」

 

どうにかして逃げ出したい。だが、足が思うように動いてくれない。

若者はそんな様子の私を見るとニヤリと笑った。

 

「早くケースを返せ。じゃねぇとお前もこうなるぞ。」

 

若者はそういうと、2mほどの大きさの縦長の袋をこちらに倒した。

地面に落ちた袋から何か赤いものが飛び出している。よく見るとそれは、血で顔が真っ赤になった佐益さんだった。

 

「……イヤ…。」

 

佐益さんの目は大きく見開かれ、私の方を凝視している。

私は恐ろしくなって、動いてくれない足を無理やり動かして若者から逃げ出そうとした。

 

だが、逃げようとした前方にも人影があった。

その正体はすぐに分かった。それは、昨日銃を撃ってきた若者の仲間2人と、

 

 

縛られて猿轡をかまされた父であった。

 

 

「…父さん…。」

 

ようやく再会できた父は生傷だらけの顔に縋るような表情を浮かべながら私の方を見る。

若者は低く響く声で叫ぶ。

 

「父親を助けたかったら、さっさとケースを返せ…‼」

 

だが、ケースはもはや手元にない。

 

「…ない…」

「なんだって…?」

「もうケースなんて持ってない‼昨日の白い人が持ってっちゃったの‼」

 

若者は落胆したような表情で私を見下ろす。

 

「だからお願い。もう私はケースと関係ないから…父さんを返して…‼」

 

私は若者に縋る。そして若者は冷めた声で答えた。

 

「残念だったな。」

 

次の瞬間、

 

―パンッ―

 

あたりに銃声が響き、続いてスイカの割れたような音が聞こえた。

 

もう一度背後にいる父の方を見返す。

するとそこには、煙が昇る拳銃を構えた若者の仲間と、父の胴体が立っていた。

 

そして間もなく、父の体は力なく崩れ落ちた。私は状況を理解した。

そして次の瞬間、私は悲鳴を上げ―

 

 

 

 

飛び起きていた。辺りを見回すと、きれいに整頓された部屋が目に入ってきた。

 

 

記憶を反芻する。

 

私は昨日2人と話した後、マイさんにアパートの空き室に案内された。

すぐにそこそこ上等の布団が用意され、食事の用意ができるまでこの部屋で休ませてもらうことになったのだった。

 

最初は仮眠のつもりだったが、ここしばらくの不眠が祟ってか、爆睡してしまっていたらしい。

腕時計を確認すると、時刻は四時を指していた。

 

窓の外の様子を伺ったが、外はまだ真っ暗だ。どうやら半日以上眠ってしまっていたようだ。

 

そういえば、ケースはどうなったのだろう。そう思って部屋の中を探そうとしたが、すぐに見つかった。

ケースは何事もなく枕もとに置かれていた。

 

中身を確認すると、確かに昨日覗いた時と同じように詳細の分からない機械がぎっしりとつまっている。

どうやらあの二人はまだケースを調べていないか、あるいは一旦私の手元に戻してくれたらしい。

無事を確認できたので、ケースを閉じた。

 

しかし、酷い夢を見たものだ。

最初は従妹に殺されかける夢、それが覚めたと思ったら今度はケースを売り飛ばされて父を殺される夢。

 

いずれも夢で本当によかった。

 

もう一度ケースをじっくりと見る。

やはり現状ではこれが唯一の父の手掛かりだ。

もう一度佐益さんと会うまでは、何があっても絶対に手放すことがあってはいけないし、

誰であっても渡してはいけない気がする。

 

 

誰であっても…。

 

  ここで、私の中に2人に対するかすかな疑念が芽生えた。

…いや、むしろどうしてこれまで安心できていたのだろうか。

 

冷静に思い返せばあの二人、やはり堅気ではないのだ。

普通の人ならばいくら不審な挙動をしている人間がいても、その人間を追跡したりはしない筈だ。

 

そして、あの集団から逃げる際の手際のよい対応、あの白い怪人物の出現。

それらに動じずにこうして落ち着いていられるあたり、堅気の人間ではないのは明白だ。

 

…いや、そもそもその点については気づいていたのだ。

だが、なぜ警戒できなかったのだろうか?

 

 

やはり寝不足が原因か?

 

それをも内包した長旅の疲れが原因だろうか?

 

それとも、武装した集団に追いかけられる極限状態を体験した直後で思考がマヒしていたのだろうか…?

 

或いは、この人達に遭遇したときに何故か妙な安心感を覚えたからか…?

 

もしや、それら全てが原因か…?

 

 

だが、この『兵器』を挟んでただならぬ雰囲気で会話する2人を思い出して、ようやく私の警戒心が働いた。

 

この人たちは間違いなく堅気の人間ではない。そして、本当に信頼できる人間かもわからないのだ。

もし夢と同じように2人が私を裏切ってしまったら、父さんを助けることは…。

 

 

…既に手遅れかもしれないが、私は行動することにした。

 

すぐに布団を畳んで荷物をまとめ身なりを整え、ケースを持って物音を立てないように注意を払いながら部屋を出た。

最後にアパートの方を一瞬振り向いて呟く。

 

「…ごめんなさい。」

 

そして私はまだ薄暗い中、街灯が照らしだす道に足を踏み出した。

 

 

>【Another Chapter 1】