2日後、荒居は上司と共にP(パーシアス)・E(エンタープライズ)社本社ビルの一室にいた。
粗末で味気ない印象の警備部オフィスとは違い高級感のある一室である。
これまた高級そうな2人掛けソファに荒居は上司と共に腰掛けている。
しばらくすると一人の上等のスーツを着込んだ壮年の男が入室してきた。
男は上司に親し気な様子で話しかける。
「待たせたな、ジーン・スミス。」
「お時間取らせですんません。会長。」
自分と上司を呼び出した人物が、写真でしか見たことの無かった創業者であることを荒居はここで初めて知った。
精々警備部長あたりからの事情聴取を想定していた荒居は、想像以上の大物の登場にひどく緊張した。
会長は穏やかな口調で会話を続ける。
「そちらが例の荒居君か。」
「はい。」
「時間がない。早速ここまでの話を聞かせてほしい。」
「荒居、話してけんだ。」
「う…うっす。」
上司(スミス)に促された荒居は、佐益の動向、コントローラーの行方、あの白い男のことなど、
これまで見聞きしたことを報告した。荒居の報告を聞き終えた会長はスミスに英語で話しかけた。
『彼は英語が解るかね?』
『解らない筈です。』
『よろしい。このまま続けよう。』
『承知しました。』
会長とスミスの会話は十数分間続いた。
英語をろくに扱えない荒居だが、2人の会話の中で何度も特徴的な単語が繰り返し登場したことに気づいた。
『Seagullman』とは、もしかしてあの白い男のことを指す単語であろうか。
荒居がそのようなことを考えている間に、2人の会話はいつの間にか日本語に切り替わっていた。
「忙しいところ済まなかったな。スミス。それに荒居君も。」
「い…いえ‼とんでもありません‼」
「君らに余計な口出しをしそうな重役連中は私が抑えておく。今はその佐益という男に集中してくれ。」
緊張しきりの荒居に会長は微笑んでそう返した。
だが、次の一言を発する際、荒居は会長の雰囲気ががらりと変わった事を感じた。
「後始末は手配する。必要ならどんな手段をとっても構わん。」
言動に反して先ほどから全く変わることの無い会長の表情に、荒居は背筋の凍るような感覚を覚えた。
直後、一転して会長は再びスミスに対し親し気に話しかける。
「それからスミス。君にプレゼントだ。」
会長の合図で秘書らしき男が入室してくる。
秘書は頑丈そうな大型のジェラルミンケースを引き、スミスが座っている場所の隣にとめた。
スミスはケースを一瞥し会長に質問する。
「これは?」
「先日買収した軍用メーカーで開発中だったものだ。」
「開げでもいいですが?」
会長は微笑みながら無言で頷いた。
スミスはケースを開けて中身を確認する。
「どうだ?」
「…ありがてぇけど…デザインが…。」
「そうか?君のコードネームにぴったりだと思うが。」
「…あれは只のあだ名でして…。」
「まあ、性能は申し分ないはずだ。オプションもいくつか開発が進んでいる。完成し次第君に届けよう。」
「…ありがとうございぁんす。」
「それでは、次の予定があるので私は失礼する。」
そういうと会長は席を立ち、扉の方向に歩き出す。
秘書は既に扉を開けて待機している。
スミスと荒居も起立し、会長を見送る。
会長は部屋を出る前、一瞬足を止めて呟くように言った。
「…もし連中の背後にあいつがいるならば…長い戦いになる。」
「頼りにしてるぞ…。『スケルトン』」
そう言って会長は部屋を後にした。
見送りの後で荒居はケースの中身をふと覗いた。
そこには、骸骨のようなデザインの装甲服が納められていた。
序章 来訪篇・完
―第一章 嚆矢編に続く―