昨日に引き続いて襲撃してきた『白い男』に何度も殴られ踏みつけられた荒居の意識は既に朦朧としていた。
時折閃光と爆発音があった後、頭上で捕えていた少女と『白い男』が何か小声で話しているが、
最早会話の内容を理解できるほどの力は荒居に残されていなかった。
しかし、何故か次に聞こえてきた『命令』だけはその内容を理解できた。
『…篠崎、状況を報告しろ。』
上司からの無線だった。
既に事態への抵抗をあきらめ、このまま床でうずくまっているつもりだった荒居は、この『命令』を耳にして飛び起きた。
『どうしたっきゃ⁉応答してけろ‼』
無線は何度も繰り返されているようだった。
荒居は力を振り絞ってフロントシートの無線機のところまで這っていくと、上司からの無線に応答した。
「班長、荒居です。」
『…篠崎は?』
上司からの質問を受けて周囲の様子を確認する。
首を左方向に捻ると、同僚の真渡がダッシュボードにもたれて気絶している。
フロントシートから車内後方を見渡すと、車内後方には車を運転していた筈の篠崎が『白い男』ともみ合っていた。
「敵と交戦中です!」
『どったら奴よ⁉』
「…よく…分かりません。」
『わがんねってどうゆうことよ…?』
「敵は…白いです…。真渡さんは、やられてっ…、それでっ…。」
この最中にも、篠崎は荒居の目の前で『白い男』に延々と痛めつけられている。
荒居はパニックになりながらもどうにかしてこの状況を上司に報告しようと務めた。
しかし、とうとう報告をし終える前に、青白い閃光と共に篠崎は倒れた。
ついに荒居は上司に救いを求めた。
「班長…助けて…‼」
『……大丈夫だじゃ、今すぐそこから離れてけろ。』
それが上司からの返答だった。
いつもと変らぬ機嫌の悪そうな南部弁だったが、この時の荒居には頼もしく思えた。
上司の言いつけ通り、すぐにこの場所から離れるためリアシートに降りようとする。
だが、結果として荒居は『白い男』と目を合わせることとなった。
『白い男』は最後に残った荒居を仕留めるために、得物を構えてゆっくりと荒居に接近する。
『白い男』に睨まれた荒居の身体は恐怖で動かなくなっていた。
荒居は必死の思いで声を無線に乗せるため絞りだす。だが、
「…駄目そうです…班長。」
ようやく声に出せたのは諦めの言葉であった。
「…荒居、耳塞いで目ぇ閉じて口開げでけろ。」
しかし、上司の声は落ち着きながらも、わずかに勝ち誇ったような印象を受けた。
荒居は黙って言いつけ通りに目を閉じ耳を塞いで口を開けだ。
間もなく、目を閉じ、耳を塞いでいても分かるほどの光と爆音が荒居の周辺を包んだ。
荒居は爆音が収まると同時に、何者かに掴まれ連れ去られるような感覚を覚えた。
どうやら車の外に出たらしい。
しばらくして目を開けた時、荒居の目の前にいたのは、いつものバイク用プロテクターとヘルメットを着用した上司であった。
荒居は半泣きで上司に謝罪した。
「班長ぉ…すみませんでした…。」
「謝らなぐでいい。後は任せでけんだ。」
上司はそういうと、傍らに止めてあったバイクから部品に偽装していたショットガンを取り出し、半壊した車の方を睨んだ。
荒居も上司の目線の方向を向くと、車から『白い男』がよろよろと降りてくる。
恐らく、上司はスタングレネードを車内に投げ込んだらしい。
不意打ちに近い形であったからか、『白い男』も防御しきることができずにダメージを受けているようだ。
上司は手慣れた手つきでショットガンへのリロードを済ませると静かに『白い男』に向けて銃を構える。
「…まだ中に2人が…。」
「スラッグ弾だじゃ。外さねぇば問題ねがべ。」
上司の自信に満ちた一言の直後、『白い男』が一瞬立ち止まった。
胸のパーツが青く発光したかと思うと、ふらついていた先ほどまでとは打って変わって安定した態勢をとるようになった。
上司は『白い男』に対してためらうことなく引き金を引いた。
周囲に鈍い金属音が響く。
弾丸は確かに『白い男』の頭部に命中したようだが、
『白い男』は何事もなかったかのように杖を構えてこちらに向かって来た。
上司はさらに2回引き金を引いた。
2発とも命中しているはずだが、アーマーに弾かれているのか全く通用していない様子である。
上司はショットガンを荒居に渡すと、腰に差したナイフを引き抜いた。
『白い男』は杖に青白い電撃のようなものを纏わせ、上司に突き立てようとしてか尚も接近を続けようとした。
だが、『白い男』は突然その動きを止めた。
それと同時に荒居にとって見覚えのあるトラックが数台こちらに向かってくるのを確認した。
そのトラックは同じ警備部保有の物の筈である。
荒居達の元に到着したトラックの中からは、重火器を装備した警備部の職員たちが現れた。
その場に展開した20余名は各々の重火器を一斉に『白い男』に向けた。
場にしばしの沈黙が流れる。
先に動いたのは『白い男』の方であった。
『白い男』は隠し持っていた小型の球体をその場に放り投げた。
炸裂した球体からは煙幕と金属片が放出され、その場に展開した全員を包む形で辺りを覆った。
煙幕が晴れるころには『白い男』はどこかに消え失せており、荒居、篠崎、真渡の3名は増援の警備部員に保護された。